売れるクスリと効くクスリ
慶応大学教授島田晴雄氏が「あるとき大きな薬のメーカーの社長に『患者さんは薬をなぜ飲んでいるか考えたことがあるか』 と聞いたら『患者のことは考えたことがない』と言う。患者は健康になりたい…」(東商の経営戦略基礎講座より)。 ここ数年の営業方針は、売り込むより「現場で役に立っているか確認する。役に立つにはどうするか考える」に変わってきた。そして「本当に役に立っているなら堂々と主張すればよい。役に立たぬたら勧めるべきでない」 とした。
本当に効くクスリだろうか? コミーは業務用ミラーのメーカーである。 クスリとはちょっと違うが「役に立って、売れる」ことが長期的に会社が生き延びる条件である。 昔、回転するミラーを展示会に出したら、商店主によく売れた。 ディスプレイ用に使っていると思ったのに「万引防止に役立っている」と聞いてびっくりした。その後、いろいろな種類の万引防止用のミラーをつくってきた。そして、販売店の人が売ってくれるようになった。 ところが売り上げが横ばいになった時、これは「効かなくても、売れるクスリと同じではないだろうか」と心配になってきた。 ここ数年の営業方針は、売り込むより「現場で役に立っているか確認する。役立つにはどうするか考える」に変わってきた。そして、「本当に役に立っているなら堂々と主張すればよい。 役に立たぬなら勧めるべきでない」方針とした。
効くか効かないかの評価方法は? ところが「現場で役立っているかどうか?」は「クスリが効いたかどうか?」の調査と同じでいろいろな返事がある。 中でも人から聞いただけの話をもっともらしく話す人も多い。 しかも、本になってしまうと始末が悪い。
こんなことがあった。万引に関する本があった。その中で防犯カメラ、タグ、ミラーなどが書かれており、ミラーについては 「安いが、効果は疑問。また、ミラーがあることによってかえって万引しやすいかも?」と書いてあった。 しかし、我々の20数年の体験から、明らかにおかしい面がある。
すぐ抗議文を送った。そしてちょうど2年後、やっとその著者に会うことができた。 なんと万引の本の著者は、万引にはずぶの素人で、「その記事はもう1人の人が書いた」とのこと。万引防止器具メーカーの誰かが代わりに書いたのだろう。
今でもその本は、大きい本屋に行くと棚に並んでいる。
世の中に、本当に効くクスリであったとしても、表現力が下手なために海千山千の相手に消されてしまったクスリが山ほどあるのでは、と思った。本当に役立っているなら、こっちは負けんぞと思うようになった。 「ミラーは万引防止にどう役立っているか」の調査は、結局万引犯を捕まえたことのある人に聞くのが、一番正確でわかりやすいと考えついた。
援軍現る!! 元気が出たぞ!! そして、やっと万引を捕まえる130人のプロ集団(一流大型小売店に小人数ずつ派遣)の女性指令長に会うことができた。 彼女は、一瞬にして万引犯を見分けることができ、1日で6人も捕まえたことがある。 彼女のすごさは江戸川乱歩賞の小説(「左手に告げるなかれ」渡辺容子 著 講談社)のモデルにもなっている。 涙の出るような証言が聞けた。 「万引を捕まえるには、どうしてもミラーが必要だ。ミラーを付けない方針の店にも、付けさせた」 また、専門雑誌社による万引対策の企画があり、コミーのミラー設置店の生の声が聞けた。
月刊『商業界』6月掲載記事より 「ミラーは交番のようなもの。ミラーは自分が映るため、心理的にやりづらい状況をつくっているようです。 防犯はミラーからカメラ、そしてラベルセンサーなど便利になりましたが、効率化を考えると、ミラーに始まりミラーに戻ったと言う感じがしています」 バラエティストア白菊(東京・田端)同店加藤営業本部長
月刊『商業界』10月掲載記事より 「防犯カメラは人を張り付けないと意味がないので、今では抑止するためだけに設置しているようなもの。
でも、ミラーは抑止する効果だけでなく、店員の仕事の効率化に役立つという点で一歩上をいっているという感じです」 ヨドバシカメラ西口本店(東京・新宿)櫛部店長
月刊『安全と管理』9月掲載記事より 「ミラーのあることで、お客様が監視されるという思いを抱きはしないだろうかと不安だったんです。しかし実際、設置してみると、お客様の様子や反応から、そんな不安は無用だったとわかりました」松浪店長 【談】 かごしま遊楽館内 さつまいもの館(東京・有楽町)
同館が、万引対策としてミラーを店内の3ヵ所に取り付けてから1年近く経つ。結果は、商品の紛失が月に60~90個あったものが、ミラーを取り付けてからは、月に10~20個に激減したと言う。
これで「クスリは効いた!!」ことが確認できた。
その他の証言者がどんどん現れてきた。
今は、万引だけでつぶされてしまった店もある時代だ。
今度は売れるために、この事実がかき消されないように大声で叫んでいくつもりである。
番外 確か昔テレビで、当時の信越化学社長 小坂徳三郎氏が「うちは売れるクスリより、効くクスリをつくっている」と言っていた。小坂氏の会社は「営業が下手くそだから、効いても、売れないクスリをつくっており、他社は逆である」と言いたかったのだと思う。
効かなくても、売れるクスリがなぜ存在するのだろうか?
一般に人は「今、ものすごい勢いで売れている新商品○○」という評判や広告コピーに飛び付きやすい。そして買ってしまう。
仕掛人がつくった流行というものだが、その流行が去った時がこわい。
私はひねくれ者のせいか、厚生省・薬のメーカー・薬屋をどうも信用できない。特に風邪薬などで「これは今、大変売れていますよ」と、仮に勧められたら、私などは自然に治った時と比べて、飲んだ時はどんなメリットがあるの?」
「効くというデータをどんな方法でとったの?」とか
「アメリカやドイツでも売れているの?」
など、野暮な質問をしてしまうかも知れぬ。だから風邪薬は買ったことがない。
これからは、日本だけでの「効かなくても、売れるクスリ」は国際化時代と大不況を迎えて淘汰されていくと思う。(記 1998.11)