『ベストセラー昭和史』(塩澤実信著/展望社)を読んだ。
本好きにとってこんなに面白く考えさせられる本はないと思う。
ベストセラーは我々が感動し、今も持っている本もあれば、なんであんなくだらん本が売れたのだろうという本もある。
私の場合、前者は『日本人とユダヤ人』(I・ベンダサン著/山本書店)であり、後者は、『天中殺入門』(和泉宗章著/青春出版社)である。
『ベストセラー昭和史』は、ベストセラー本のダイジェストだけでなく、出版前後の裏事情まで詳しく書いてある。さすがに著者は出版業界の生き字引と呼ばれている人である。
ところで次の文の著者●●●●●、作品「▲▲▲▲▲」はわかるだろうか。
彼はこの本で賞をもらい、ベストセラーになった。そして職業も変えてしまった。今や知らない人はいないと思う。
彼は今、環境に関しても意見や権力を持っている人である。
『ベストセラー昭和史』(塩澤実信著)より抜粋
「風呂から出て体一杯に水を浴びながら竜哉は、この時初めて英子に対する心を決めた。裸の上半身にタオルをかけ、離れに上ると彼は障子の外から声を掛けた。
『英子さん』
部屋の英子がこちらを向いた気配に、彼は勃起した陰茎を外から障子に突き立てた。障子は乾いた音をたてて破れ、それを見た英子は読んでいた本を力一杯障子にぶっつけたのだ。本は見事、的に当たって畳に落ちた」
わずか二百字足らずの一節だが、『▲▲▲▲▲』がまきおこした波紋は、すさまじかった。文学の問題のワクを越えて社会問題として捉えられた。作品の背徳性、反倫理性、そこに描かれているボクシング、ヨット、マイカー、女狩りにうつつをぬかす無軌道の青春群像に、読む者は目を見張った。
『▲▲▲▲▲』の受けとめられ方は、新、旧人間のリトマス紙的役割をはたした。作品を読んで、ドキモをぬかれ、ニガニガしさを禁じ得ないのは、守旧派、逆に、さばさばしたエネルギッシュな文体と、ストーリィ展開に、新鮮なみずみずしさを感じるのは、戦後派に理解を示す改革派といえた。
選者の一人、中村光夫は、次のような評を述べていた。
「●●氏への授賞に賛成しながら、僕はなにかとりかえしのつかぬむごいことをしてしまったような、うしろめたさを一瞬感じました。
しかしこういうむごさをそそるものがたしかにこの小説にはあります。おそらくそれが●●氏の才能でしょう」 (記 2004.06)
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